如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
         師主知識の恩徳も 骨を砕きても 謝すべし

   私達はお互いの関わりの中で生かさせていただいている存在なのですが 大切な方を亡くしたその後からつくづく色々なことが思い知らされるのです

   亡き人のお姿を思い出される度に   
今まで本当にありがとうという感謝の念や   
何もしてあげられなくてごめんなさい   
あの時はあんな事を言ってしまってごめんなさいという謝罪や 
そして時には   もっとああしてやればよかった  こうしてやればよかった 私は何をしていたのだとご自分を責めるような後悔や懺悔が
波が押し寄せるように心の中に行ったり来たりしているのではないでしょうか
   誰もが通る道であるとは分かっていても  悲しみのどん底に自分で自分自身を突き落としてしまうことがあるのです
   しかし亡き方はすでに美しいほとけ様となっておられるのです
   どうかそんな時には口には南無阿弥陀仏のお念仏を唱えてみてください  南無阿弥陀仏というたった六字の中には   ありがとうという感謝の気持ちも  本当にごめんなさいという謝罪も  大切な方のために自分のできなかった事を悔やむ後悔の念も   みんなみんなそこに込められているのです   
   ですからこの南無阿弥陀仏のお念仏を口に唱えてください   亡き方は今はほとけ様になられたのですからあなたのお気持ちは十分に承知しておられます
   このお念仏を唱えるということは  阿弥陀仏という仏様から私達への勅命なのです   私達は、仏様からの命令に従って  この南無阿弥陀仏のお念仏を唱えさせていただくのです   お念仏を唱えさせていただく事で  悲しみの淵に身を置かなければならない私達みんなが  同じように平等に救われていくのです                               
                                    南無阿弥陀仏

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